霧に包まれた大西洋の小島

 バイナルヘブン島は、アメリカ合衆国のメイン州にある小さな島。大西洋のこの沖合いは、暖流と寒流がぶつかるため、海霧が多い海域です。

 早朝、日の出前に起き出し、島を歩いてみました。帰る方向さえ、わからなくなるような深い霧。誰もいない霧の中の道を歩いて行くと、白いカーテンがゆっくりと開くように、家や海や、船や丘が姿をあらわしてきます。



 1947年にアメリカで出版された絵本『おやすみなさい、お月さま』は、アメリカの子供たちに、とても人気のある一冊です。その作者、マーガレット・ワイズ・ブラウンは、この島を愛し、サマーハウスを建てて短い夏を過ごしました。

 彼女が描いた、不思議の国と現実とが交錯する世界は、霧の中の散歩に似ています。夢の中へ続くかに見えた細い道は、やがて日が昇り、霧が晴れると、現実の時間へと戻ってくるのです。

 島には現在でも、本土から電気は送られていません。水は井戸から汲み上げて使います。約60年前、マーガレットが過ごした夏が、今もそのまま残っているのです。


 バイナルヘブン島へ渡るには、メイン州のトーマストンの港から船に乗ります。港の出口に、これから向かう島がどんな場所であるかを予感させる、古い灯台があります。レンガで組み上げられたこの灯台は、まだ現役。その向こうを帆船が音もなく滑って行く風景は、とても現実のものとは思えません。


 片山の仕事は、主に雑誌などの記事を制作することです。たとえばこのメイン州への旅、取材するのは片山ひとりですが、ここに写っている全員が、同行してくれたスタッフです。取材の準備に、これだけの人が動いてくれます。この方々の「思い」というバトンを受け取り、片山がアンカーとして、撮影し、記事を書くのです。それを数十万人の読者が読み、知識として記憶に残ります。責任の重い仕事で、取材スケジュールも詰まっています。でも、そのすき間を縫って、夜明け前に起き出して、霧の中の散歩に出かけたりするのが楽しみなのです。



霧に包まれた海岸で拾った小石

 

 バイナルヘプン島を訪ねたのは、2002年の夏。ロブスターの取材のためです。海のきれいな場所なので、この島の周辺はアメリカン・ロブスターの重要な漁場になっています。